東京高等裁判所 昭和25年(う)726号 判決
職業安定法第四四条において一般に労働者供給事業を禁止したのは、この種事業の本質が封建的な身分関係に基いてやゝもすれば労働の中間搾取を行い且つ強制労働の弊害を伴い易いものであるため、これによつて労働者の権威と自由を保障し労働の民主化を推進しようとしたものに外ならない。一方同法そのものの性格として、各人にその就職の機会を与えるのを当面の目的とするにとどまるものであることはその一条に明示するとおりであるから、右禁止の趣旨も亦もとよりこれを同法の携わる就労開始の面に限つて採り上げられねばならないものであることが明らかである。従つて、こゝに所謂業者とは、継続的にせよ或いは一時的にせよ、自己の責任において、他人の需めに応じ得るような労働者をその支配下に置くものであつて、且つその支配は就労の開始にあたつて労働者の意思が殆んど顧慮せられないような実力的な従属関係にあるものを指すのが一般である。即ちこの種の業者の介在による就労の開始は、それが労働者自らの意思に依つて行われるのでなく、第三者の意思によつて決定せられるものであることを特徴とする点において、非民主的な就労開始方法の絶滅を期そうとする同法がこれに触れるわけのものである。それ故に、たとい労務の管理が不当且つ不備であつて、あたかもその運用が旧業者の介在当時と変らないような実情にある場合があつたとしても、それが使用者の責任において又労務の管理そのものについて行われるものである限りたゞ明らかな労働基準法上の問題なのであつて、それが所謂業者自らの責任において就労開始方法の面について行われるものでない限り職業安定法上の問題としてこれを採り上げるわけにはゆかないわけである。
原判決の示す事実は簡潔であり、一方その挙げる証拠の内容は可成り複雑であつてその意を十分に汲み尽し得ない嫌はあるけれども、その各証拠について適法に採用できる部分を詳細に検討するのに、被告人金子がその示す期間中その示す労働者を、右にいう意味において、自己の責任によりその所属者として、会社に供給したものとは到底これを認定することができない。
従つて被告人金子が労働者供給事業を行つたものと認定した原判決は右供給事業の意味を正当に解しなかつたか、或いは採証の違背乃至推理の不当に基く事実の誤認があるものであつて論旨は結局理由がある。
よつて刑訴法第三九七条第四〇〇条但書により原判決を破棄し更に判決するのに、被告人等に対する起訴状記載の公訴事実についてはその証明が十分でないので同法第三三六条により無罪の言渡をする。